「サイドの広がり」の原因   JS1MLQ



1. 概要

 中には経験のある人もいるかもしれませんが、移動運用等で電波を出していて「サイドが広がっている」との文句を、ごく近くで運用していると思われるような非常に強い局から言われることがあります。逆にそういう指摘をしたことのある人がいるかもしれません。しかし、それが本当に相手に原因がある場合と逆に自分が原因でそう聞こえているだけである場合があるのです。ここではサイドの広がりの原因を理論的に説明し、本当に相手が悪いのか、それとも自分の受信系に原因があるのかどうかの判別法を説明したいと思います。こういう局が出ていても相手に非があるとは限りません。ちゃんと調べてから指摘しましょうね。


2. まずは混変調について

 みなさんも混変調という言葉は頻繁に聞くことでしょう。しかしその実体を知っている人ってどのくらいいるでしょう? まずは混変調についての正確な知識を身につけてもらいましょう。サイドの広がりと深い関わりがあります。

 リグというのは、送信系ではマイクで拾った音声を増幅して変調をかけてRF信号に変換し、それをさらに増幅して例えば10Wにまで増幅してアンテナに送り出します。受信系ではアンテナから入ってきた微弱な信号を増幅し、音声信号に復調してさらに増幅、スピーカを駆動します。要はリグは送信系/受信系とも増幅器でできてるようなものです。

 理想的な増幅器は歪みが無く、どんな強い信号を入れたとしても「きれいに」増幅してくれます。例えば50MHzのキャリアを理想増幅器に入れてやると、出てくるのは当然ながら50MHzの信号だけです。こういう状態を「直線性(リニアリティ)が良い」といいます。ところが現実の増幅器は無歪みというわけにはいきません。出力電力が小さいうちは無歪みと見なしても問題ない程度ですが、増幅器の飽和電力に近づいてくるとそうはいきません。50MHzのキャリアを入れた場合では100MHzとか150MHzとかの高調波を生じます。まあ、高調波程度ならフィルタでとれるので大した問題では無いですけど。

 今の場合は50MHzのキャリアが1波だけだったので高調波の問題だけで済みましたが、キャリアが2つあると話が深刻になってきます。理想増幅器の場合、例えば50.2MHz(これをf1とする)と50.3MHz(これをf2とする)の2つのキャリアを入力した場合、出てくる信号もf1とf2の2つのキャリアだけです。当たり前ですね。しかし、歪みがあると話がややこしくなります。どうなるかというとあちらこちらに「お化け」が出てくるのです。ここでは数式による証明を省略しますが、お化けが出る周波数はf1±f2、2×f1-f2、2×f2-f1、2×f1-2×f2、2×f2-2×f1・・・・・・・ととてつもない多くの組み合わせです。性能の悪いミキサのような働きをします。式で表すとこうなります。

  fim=m×f1±n×f2 (m,n=1,2,3,4,・・・・・・・)

 ただし、現実にはnやmが大きい組み合わせは、出てくるお化けの信号が弱くて実用上はあまり考える必要がありません。数字が最も低いn=m=1の場合は周波数を計算してみるとf1+f2=100.5MHz、f1-f2=0.1MHzで6mのリグの受信範囲とは全然違うところにお化けが出てくるので全く影響はありません。しかし、m=2&n=1やm=1&n=2で引き算になる場合は大問題です。例えば2×f1-f2を計算してみると50.1MHz、2×f2-f1では50.4MHz。そう、この組み合わせでは50.1MHzと50.4MHzにお化けが聞こえるんです。このように2×f1-f2(2×f2-f1)に出てくるお化けは目的の信号のすぐそばに出てきてしまい、帯域内に落ち込んでフィルタでは除去することができず、いろいろ出てくるお化けの中でも最も厄介者です。このお化けのことを「3次混変調波」と言います。


3. 3次混変調波の性質

 さて、このお化けの性質について少し説明しておきましょう。前述のように歪みのない理想的な増幅器では3次混変調波は発生しません。しかし、この世の増幅器では大なり小なり3次混変調波を発生しますが、少なくする方法はあります。通常、増幅器というのは飽和電力よりも充分小さいな出力で動かすならば歪みは小さく、理想的な増幅器に近づきます。だからできるだけ飽和電力の大きな増幅器を使って、増幅器の能力に余裕を持たせればいいわけです。ところが、現実社会はこの手法を無制限に実現できるわけではありません。なんせ飽和電力の大きな増幅器は寸法が大きく、それに電気を食って発熱します。時代の流れの軽薄短小に反し、価格も上がります。簡単な例で言えば、10Wの出力を出すのに500Wのアンプを使うようなもんです。そりゃ値段に影響が出ないはずがない。さらに受信系ではデバイスのNFと飽和電力は相反する傾向が強いのです。耳を良くしようとNFの低い石を使うと必然的に飽和電力が小さくなってしまい、逆に飽和電力の大きい石はNFが悪いのです。

 以上のように経済性及び耳の良さ考えると単純に飽和電力の大きな増幅器を揃えるわけにはいかないのです。ですから市販のリグでお化けが出ないリグはありません。普通の強さの信号では出なくても、強い信号がひしめき合う状態ではどうしてもお化けが出てしまいますが、これが経済性等も考慮した場合の限界なのです。

 次にお化けの強さですが、なんとお化けの元になる信号の強さの3乗に比例して発生します。つまり、元の信号の強さが10倍になると、なんとお化けは10の3乗で1000倍の強さになって現れるのです。
 このように3次混変調のお化けは元の信号の強さに敏感に反応して急激に強くなります。


4. いよいよサイドの広がりの原因について

 いままでの予備知識を元にサイドの広がりのメカニズムを説明しましょう。3次混変調波の発生は複数のキャリアによるものであって単独のキャリアでは原理的には発生しないことがおわかりかと思います。しかし、考えてみるとキャリアというのは変調がかかっていないので非常に狭帯域の信号です。理想的には帯域幅は無限小(デルタ関数みたい)ですが、現実には局発の位相雑音があるのでとても狭いながら帯域幅を持っています。でも線スペクトルと考えて問題ない程度です。次にSSBではどうでしょう? SSBでは約3KHzの帯域幅があって、その中に信号が分布しています。シングルキャリアとはずいぶん様子が違いますね。ここでガラっと見方を変えると、このSSBの信号はキャリアのような狭帯域の信号がいっぱい並んでできていると解釈できます。そう、そうするとそれぞれの狭帯域の信号間で3次混変調波を発生します。つきつめて考えると積分のような考え方にたどり着くと思われますが、定性的に考えるとSSBの3次混変調波は帯域の真ん中で一番レベルが高く、端に行くに従ってレベルが下がり、もとの帯域幅の2倍まで出てくる3次混変調波が考えられます。さらに、この混変調波間や、さらに混変調波と元の信号間で3次混変調波が出てくるでしょうから、かなり広い帯域にわたって混変調波が発生するはずです。そう、これがサイドの広がりの正体です。なんと自分自身の信号の中で混変調を起こしているのが原因なんです。そういうわけでサイドが広がっている信号は歪んでおり、相当変調が汚くて了解度の悪い電波であることは間違いありません。


5. どこで混変調が発生しているのか?

 4.のように自分自身の帯域内の信号で混変調を起こしているのがサイドの広がりの原因です。3.で述べたように増幅器の飽和電力よりも充分小さな信号レベルで動かしているのならばこんなことは起こりませんが、設計者の想定を越えたレベルの信号が入ってくるとこの症状が起こります。こういう状態ってどんなことが考えられると思いますか? そう、えらい強い信号を受信したときですね。そりゃ歪んで当然です。これは送信側の信号のサイドが広がっていないのに受信側では広がって聞こえると言うことです。強い信号ではサイドの広がりの原因が送信側とは限らないのです。ただし、現実にはリグにはAGCが付いていて、強い信号に対しては利得を落として見かけ上の直線性を良くしているので入力信号の強さと受信機内部で発生する3次混変調波は3乗の関係にはなりません。しかし、やはり強い信号が入ってくるといくらAGCをかけたといっても通常想定される入力レベルの時よりも直線性は悪くなってしまいますのでサイドの広がりはあり得ます。。

 もちろん、ALCを変なふうに調整したり、信号が歪むほどマイクゲインを上げているときなんかは送信側で歪んでしまいます。


6.はたしてどっちが原因なのか?

 この判別は意外に簡単です。というのも先述のように3次混変調波は入力レベルの3乗に比例して出てきます。ちょっとでも元になる信号が大きくなれば混変調波は急激に大きくなります。逆に言えば少しでも元になる信号が弱くなれば混変調は急激に小さくなってサイドの広がりは感じられなくなります。まあ、これもAGCの絡みがあるのでそう単純には論じられませんが、この傾向は現れるでしょう。アンテナをサイドに向ける等の方法で受信信号レベルを落としたときにサイドの広がり方がどうなるかを観察して下さい。自分のリグ(受信側)で発生している場合は改善されるはずです。しかし、送信相手側でサイドが広がっている場合は受信信号レベルに関わらず広がり方は不変です。よほど強くてどこにアンテナを向けても振り切れ状態では分かりませんが、横を向ければSが9位まで落ちていれば判別可能でしょう。

 絶対確実なのは少し離れた別の局に同時にモニターしてもらうことです。そちらでも広がって聞こえれば間違いなく送信側での歪みが原因です。

 で、相手が原因と分かって教えてあげるにも「サイドが広がっている」と言うよりも「歪んでいて了解度が良くない」と言った方が不要な衝突が無くていいでしょう(^_^;)。


7. おまけのお化け

 強力な信号の局の場合は、サイドの広がりとは別にバンド内にお化けが出ている場合がありますが、これは相手からそういう信号が出ているのではなく、受信している側に原因がある場合が多いです。というのも強い信号のために受信側のリグの中で歪みが起きると、2.で説明したようにアンプの中であっちこっちに変な信号がいっぱいできてきちゃって、あるはずのない信号が聞こえたり、普通だったら弱すぎて問題にならない局発のスプリアス信号によるIFへの落ち込みで、これまた実際には送信側からは出ていない周波数でお化けが聞こえたりします。これにさらに別の強い受信信号があると話がもっと複雑に。お化けが出たり引っ込んだり、何がなんだか分からない状態になります。今までの経験では送信側が原因でサイドは広がっていても、送信側が原因でこの手のお化けが出ることは滅多になく、強力な信号により受信側でお化けが出てくる方が多いです。

 ちなみにコンテストのある日にピコ6を使うとこういう状況になります。ピコ6は携帯性重視で低消費電力、混変調にはとても弱いんです。バンド中お化けだらけで混変調の何たるかを実感できます(^_^;)。