月まで6mの電波が届くか?

1.初めに

 ある時、パソコン通信のある場所で”月面で6mをワッチしてみたい”との話が持ち上がりました。もちろん、発言した本人もどの位の設備だったら月まで電波が届くかなんて知らないで、純粋な「願望」として書いたのでしょう。
 しかし、ボイジャーやパオイニアなど深宇宙探査船が太陽系の果てから送信する電波を受信できるのだから、月くらいの近さなら6mだってなんとかなるんじゃないかとも考えられます。そこで、実際に回線設計を行ってみたところ、驚くべき結果を得ましたので発表します。


2.回線設計の考え方

 受信した信号が聞こえるかどうかは、受信側に届く目的信号の電力と、受信側で発生する雑音電力の比率"S/N比"で決まります。SSBでは最低限どれくらいのS/Nがあれば話の内容が了解できるのか良く分かりませんが、ここでは3dBとしましょう。これは受信信号の方が雑音信号よりも2倍強いことを意味します。

 回線の構成を図1に示します。送信機を出た電波は相手の方にできるだけたくさんの電波が放射されるように利得を持ったアンテナで放射されます。当然ながら送信電力が大きいほど、送信アンテナ利得が高いほど相手に強い電波が届きます。放射された電波は宇宙空間を伝わっていくうちに弱くなっていきます。減衰量は距離の2乗に比例するので、距離が2倍になると届く電力は1/4に、10倍ならば1/100に減ってしまいます。はるばる遠くからやってきた電波は受信アンテナで捉えられます。この時、当然ながら受信アンテナ利得が高ければ、受信電力はより強くできます。残念ながら受信アンテナは相手の信号だけでなく、宇宙空間に満ちている雑音電波も拾ってしまいます。そして受信機内部でも雑音が発生していて、この2つの雑音でS/Nが劣化します。

 以上が回線設計の考え方です。より遠くとQSOするためには、当たり前のことですが送信電力を大きくし、送受信のアンテナ利得を高くし、できるだけ耳の良い受信機で聞くことが必要です。


3.地球<--->月間の回線設計の実際



 では月と地球との間でQSOするときの回線設計を実際に計算を行ってみましょう。受信信号のS/Nは以下の計算式で計算できます。

  S/N = P + Gt − Lp + Gr − Tr − BW − K

ただし S/N:受信信号のS/N [dB]
      P:送信電力     [dBW]
     Gt:送信アンテナ利得 [dBi]
     Lp:伝搬損失     [dB]
     Gr:受信アンテナ利得 [dBi]
     Tr:受信系の雑音温度 [dBK]
     BW:信号の帯域幅   [dBHz]
      K:ボルツマン定数  -228.6 [dBW/K/Hz] 


 さて、それぞれの項目に数字を入れてみましょう。使用する設備は、現在の6m界では標準的とも言える50Wに6エレとしましょう。6エレの利得は10[dBi]とします。リグのNFは3dBとします。これは上式の雑音温度に関係します。

(1) P:送信電力
 ただ単に対数をとればいいだけです。
 P = 10 * LOG(50W) = 17[dBW]

(2) Gt:送信アンテナ利得
 そのまま。Gt = 10[dBi]

(3) Lp:伝搬損失
 伝搬損失は次の式で計算できます。
 Lp = 20 *LOG(4*π*R/λ) [dB]
 ただしRは送信局<--->受信局間の距離、λは波長を示します。ここではR(月までの距離)を38万4千kmとし、波長は6mとすると、伝搬損失は次のようになります。
    Lp = 20 *LOG(4*π*384,000,000/6) = 178.1[dB]

(4) Gr:受信アンテナ利得
 そのまま。Gt = 10[dBi]

(5) Tr:受信系の雑音温度
 これが面倒なんです。ここでは詳しい説明を省略しますが、雑音温度とは雑音電力のことだと思って下さい。数字が大きいほど雑音が大きいことを意味します。受信系の雑音温度はアンテナから入ってくる宇宙雑音温度と、受信機内部で発生する雑音温度を足したものです。6mの場合は宇宙雑音温度は約1000Kで、受信機の雑音はNFで決まって、NF=3dBだと約300Kになります。合わせて1300K、この対数をとると31.1[dBK]となります。

(6) BW:信号の帯域幅
 SSBの帯域幅は3KHzなので BW = 10 * LOG(3000) = 34.8 [dBHz]

 これで準備が整いました。数値を式に代入します。

  S/N = 17 + 10 - 178.1 + 10 -31.1 - 34.8 - (-228.6) = 21.6 [dB]

 おお! かなりいい数字が出ています。21.6[dB]の意味することは、受信信号電力は雑音電力よりも145倍も強いと言うことで、SSBでもはっきりと聞こえることを意味します。50Wに6エレだったら、月と地球の間でQSOするのなんか簡単なんですね。もっとQRPでも届きます。S/N=3[dB]になる送信電力はなんと700mW!! 1WあればなんとかQSOできるんです。もちろんCWならもっと小電力でQSOできます。


4.それじゃどこまで飛ぶの?

 3.の計算結果で、あまりにも回線計算結果に余裕ができたので、それではどれくらい遠くとQSOできるか計算してみましょう。今度は設備はそのままで、S/N=3[dB]となるような距離をはじき出します。その結果は326万8370km。この距離は遠いようで近く、太陽直径のおよそ半分、地球<--->火星間距離のわずか1/24です。残念ながら火星まで届かないんです。

 それじゃ、火星とQSOするのに必要な設備を考えてみましょう。こうなったら送信電力は免許めいっぱいの500W! 足りない分をアンテナで稼ぎます。その結果、S/N=3[dB]を得るのに必要な送受信アンテナ利得は18.8[dBi]。もし、シングル八木でこれだけの利得を得ようとするとなんとブーム長50mのアンテナが必要です。アンテナを2パラにしたとしてもブーム長は25m、4パラまでやればようやく12mで収まります。市販品で言えば11〜13エレの4パラが必要です。実現不可能ではないけど、実現はなかなか難しい! これくらいのアンテナがあれば、もしかしたらEMEができちゃうかもしれません。

 そこでSSBを諦めてCWでトライすることにしましょう。帯域幅はスーパーナローフィルターを使うとして100Hz、符号がぎりぎり聞こえるS/Nを0.6[dB]としましょう。これで計算すると必要なアンテナ利得はなんと9[dBi]にまで落ちました。これなら6エレシングルでもおつりがきます。


5.終わりに

 計算の結果、月とはSSBでも簡単にQSOできることが分かりましたが、他の惑星とQSOしようとすると、相当な設備が必要となることが分かりました。その原因としては周波数が低くてアンテナが大型になって高利得アンテナを得るのが困難なこともありますが、一番効くのが宇宙雑音温度の高さです。マイクロ波ですと僅か数Kですむのが6mだと1000Kもあります。これだけで耳が100倍以上悪くなるわけで、宇宙通信で6mが使われないのも仕方ありません。でも、6mは地上通信ならマイクロ波では決して味わえない様々な伝搬が楽しめます。それを考えると、アマチュアはバンドの特性にあった6mの楽しみかたをしていると言えるでしょう。



DE JS1MLQ NIFTY:MXL02562 小金井市 川田